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自臨伝(67) 剛柔を鍛錬した人は、気持ちが高尚過ぎず下劣すぎることもない。

 「剛柔鍛錬の人は其の気高遠に馳する事なく又下卑に落つる事もなし」(幣帚自臨伝 巻三 剛柔高下 (こうじゅうこうげ)))
剛柔を鍛錬した人は、その気が高遠に馳する事がなく、また又下卑に落ちる事もない

 武道というものは、婦人や子供の気持ちのように、心が物事によって変わり状況によって動くようであっては成し遂げることは難しいでしょう。とは敢果速治(思い切って実行し、速やかに事を処理すること)の業であり、胆力が強くなければ、決断力がなく思い切って行うことはできません。(じゅう、やわらかい)というのは自分の心の弱いところを知って、柔和を大事なこととして辛抱して短気を起こさないことです。(ごう、強い・勇ましい)というのは自分の心の強いところを養って、物事に屈せず慢して物事をあわてて行わないことです。胆力は臆病になりやすいものなので、その強いところをよく鍛えなければ、事態に直面して萎縮することがあります。これはその弱さが極まってしまうからです。心は迷いやすいものなので、その弱くて何もできないという状態をそれなりに鍛えれば、予期せぬ事態に遭遇しても動揺することはありません。

 剛柔(ごうじゅう、強さと柔軟性)を鍛錬した人は、その気持ちが高尚すぎず下劣で卑しいこともなく、ほどほどに高下して、武器を置いて詩を詠み、敵を迎えても琴を弾く余裕があるのです。これはその人の心が明瞭だから、まだ起こってない事柄(未然)において、これから起こるであろう事柄(将然)を明らかにし、その胆力が萎縮しないからこそすでに起こった事柄(已然)を当然(当たり前)の結果と判断できるのです。
「剛(こう)」という漢字は「強い、勇ましい」、「柔」(じゅう)]は「やわらかい」の意味です。「高(こう)」は、位置が「高い」こと、「下」(げ)」は、位置が「低い」ことを意味します。すなわち「剛柔高下(こうじゅうこうげ)」とは「力強いものと柔軟なもの」、品位が「高いものと低いもの」のことです。
(提供;和田雄治, Costantino Brandozzi, Constantin von Richter, Keith Tang)

 

 

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