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自臨伝(44)「沽名みょうもん)の負け」とは、評判やうわさだけに重きを置くことである。

沽名負(みょうもんのまけ)」といへるは…、名聞外文のみに勤め置き…、覚悟もなき働きをなさん(幣帚自臨伝 巻二 出会頭(であいがしら))
・沽名負(みょうもんのまけ)というのは、評判やうわさだけに重きを置き、心構えもない働きをすることである。

沽名負(みょうもんのまけ)というのは、常々務めていても実心から稽古せず、評判やうわさだけに重きを置き、見物人が多い場で手柄を立てて名誉を得ようと心構えもない働きをして、考えも混乱して筋骨を痛めて技術は普段よりも拙くなってしまうことです。このように武の威厳を落とすのは無念で悔しいものです。

黐艘負(いつくのまけ)というのは、何の技術も身についていない身体で何か手段はあろうかと迷い、自分の構えをとることも忘れて敵の刃がどこにも当たるという様子は哀れなものです。下手が上手に及ばないのは左程の恥ではありませんが、卑怯と不覚という穢れた名を残してしまうのは武人にとって如何でしょうか。 達人のありさまというのはこうではありません。

遠慮負(えんりょのまけ)というのは、相手に損得を比べる気持ちがあって撃つべき隙を見逃して相手と恩義を結び、自分への援助を将来に約束することです。誰を欺こうとしてこのような表裏ある行いをするのでしょうか。これは自分の欲を長く得ようとすることなので、味方にも心を留められ、敵にも軽んじられて、誰も将来に応報があるとは思いません。武人の軽薄は将来の害であるとして頼みにする者はいません。互いに犲狼(さいろう、山犬や狼、残酷で貪欲な人)を飼うという思いを持つべきです。後日の害は恐るべきものです。
(提供;和田雄治, Costantino Brandozzi, Constantin von Richter, Draven Lee Powe)

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